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‘我思う’ カテゴリーのアーカイブ

初冬の満月

2010 年 11 月 24 日 水曜日

初冬の満月

 

先日の21日誕生日の夕方に、入院している病棟から見えた満月です。

ひとり静かに窓の外を見ていたら、東の空に昇る丸い月が眼に入ってきました。

雲ひとつない薄夕暮れの空、純白の光線の輝きを放つ丸い月に見惚れ

あまりにもはやく過去る時の流れに焦りと寂しさの入り混じった気持ちで沈んで

いたら、そのあとに先日ブログでUPしたように、親友がバースディ・ケーキを持って

見舞いに来てくれた喜びに、すっかりこの美し過ぎる丸い月を忘れてしまいました。

今年も残すところ38日。

健康のありがたさと自由自在に行動できる身体の憧れは

今の私には一番の薬です。

退院しても1年間は激しいスポーツ等はできませんが、

早期にベストコンディションになるように身体の養生と鍛錬に心掛けていこうと

思いました。

朝日がきれいな早朝に

2010 年 11 月 21 日 日曜日

朝日がきれいな早朝に

 

 

11月も下旬に差し掛かろうとしてます。

入院生活もあと少しで終わろうとしてます。

今年もあと41日。

そして今日、私の誕生日です。

入院中で迎える誕生日も良いものです。

看護師さんたちからお祝いの言葉を頂きました。

病院で誕生日を迎えるのは2回目です。

右手の痺れもなくなりつつあります。

毎日リハビリを欠かさず続けることが早く機能回復する方法だと

院長先生から云われ、リハビリに励む毎日です。

毎日、日々刻々と過去る時の流れに焦りつつも、

これから始まる新たなる人生に喜びを感じ成幸することを願い

私の知人たちにも同じく、喜びと成幸を感じてもおらうことを願います。

そして、この世に五体満足で生んで頂いた母に感謝します。

もう少したったら母に電話して「生んで頂き、ありがとうございます」というつもりです。

秋の朝日を浴びて

2010 年 10 月 15 日 金曜日

秋の朝日を浴びて

 

 

朝午前5時30分。私の病棟から見れる朝日です。

プレハブ型の住宅のはるか向こうに見えるのが夕張岳。

北海道の高山に生存するすべての高山植物が、この夕張岳に

生息するという話が最近の新聞の記事になっていました。

右の一番高い頂へ至る途中になだらかな湾曲した平らな部分があります。

通称「花畑」といわれるの湿地帯には様々な高山植物が、6月から7月にかけ

きれいな花を咲かせます。

緑と澄んだ水、その澄んだ池に映る青空が織りなす風景は

この世の楽園です。

 

毎朝、この病室の窓から上る太陽は、一日一日と秋の風情を感じさせ、

近日中には夕張岳山開きの期間も終了。

秋は深まり、街路樹の葉の色も紅色になりつつ

一年の速さに人生の儚さと喜びに戯れる私たちは

この世に何をするために生を受け、この世を去っていくのか。

人生の大事・・・。大事を見出すこと。

見いだせずに、秋は暮れゆく。

朝日だけが弱いながらも光を無償で与え続けています。

若きミュージッシャン!

2010 年 10 月 1 日 金曜日

若きミュージッシャン!

 

 

 

病院の3Fにはリハビリ室があります。

毎朝、このリハビリ室でフォークギターを弾きながらオリジナルを含め

未来のミュージッシャンを目指し練習を重ねているヤングマンがいます。

私の少し前に頸椎の手術を行い、装具も外す許可も出て、

現在リハビリを兼ねて演奏や発声の練習をこの3Fのリハビリ室で毎朝されています。

昼間は、病室でPCで曲作りをされているようです。

ギターリストにとって痺れのために指が動かなくなることは致命的でしょうが、

お聞きしたところ幼少のころから眩暈や偏頭痛に悩まされ、小学校時には

仮病ではないかと非難されたこともあったようです。

手術の結果、かなり改善したそうで、彼には是非将、来人の心を打つような

音楽をたくさんの人たちに聴かせてあげて欲しいと思います。

ハイトーンでレンジも広く声量もあります。

将来、ミュージッシャンとして活動している姿がその後ろ姿から浮かんできました。

病室からの夜明け

2010 年 9 月 29 日 水曜日

病室からの夜明け

 

 

 

午前5時。病室からの朝の風景です。

夜が明けるのもめっきり遅くなり、朝日が上り、

当たりを照らす時間も短くなりつつあります。

入院のころはまだ残暑でエアコンが効いていましたが、先日暖房に変わりました。

手術から2週間。まだ抜糸はされていませんが、私の体は私が一番理解しています。

今は安静時期です。リハビリが始まるとかなりの速度で回復するはずです。

暑かった夏の朝も街路樹が色づき始め、セピア色へと変わりつつあります。

日々、一日一日と季節も変わり、私も昨日より確実に歳をとり、一生が過ぎていく。

時間に逆らうことはできませんし、あるいは過去に戻ることもできませんが

同じ時間を何倍にも有効利用できること。それはできるはずです。

日は上り、日はまた沈みます。

熱帯魚の鑑賞(3)

2010 年 9 月 26 日 日曜日

熱帯魚の鑑賞(3)

 

 

スズメダイ科の「シリキルリスズメダイ」です。

ひときわこのブルーの鮮やかな色がすぐに目に入ります。

個体数が一番多いいかな、6匹位います。

透明な水中を優雅に泳ぐ様を見ると心が和むのは、近年熱帯魚ブームであることが

分かる気がします。

病院のロビーに設置されているのも病気に直面した患者さんたちに生命の尊さ

美しさ、喜びをこのわずかな熱帯魚の鑑賞を通じて感じてもらうためでしょう。

美しいものは永遠ではありません。

やがてこうして見ている間でも枯れ死するべき運命にあるからこそ

今日一日を精一杯生きる行動が生まれてくるのです。

一日一日を価値あるものとして生きようではありませんか。

携帯マスコット

2010 年 9 月 22 日 水曜日

携帯マスコット

 

 

 

現在私の携帯電話に装着されているマスコットです。

革製でできていてキャバリアという犬です。

 

 

今年の7月に15年生きて臨終となりました。

名前は「キューピー」通称は「キューちゃん」でした。

家族の一人でしたので、いなくなると暫くは寂しいものでした。

その後すぐに母が1か月半入院。

その病院の売店で母が購入してプレゼントして頂いたものです。

非常に気に入って、いつも携帯につけてキューピーを想い出しています。

母が退院してすぐに今度は私が入院。退院するころは木枯しが吹く初冬。

しかしもっと早く退院できるはずです。なぜなら・・・

私の驚異的な(主治医によると20代の血管・細胞らしい)

回復力がそれを可能にするからです。

毎日、ヨガと太極拳で鍛えた身体です。復活までもう少しなはずです(ホントかな)

由仁神社の杜

2010 年 9 月 5 日 日曜日

由仁神社の杜

 

 

 

由仁神社の境内以外の佇まいをご紹介します。

おみくじを引いた場合、持ち帰る場合と境内の御神木に結び付ていく場合があります。

御神木の枝が枯れたり折れたりするために、結び付る場所が設置されています。

また、馬のブロンズ像があります。私が幼いころからこの馬が既にありました。

小さい頃はこの馬にまたがった記憶があります。造形が見事な馬ですが、

古来より馬は神の使いであるとか、白い馬は高貴な身分所有であるとか

云われ続けてきました。車などなかった時代は貴重な移動手段でしたのでなおさらですね。

この神社の歴史は古く、鎮座100年を迎えたときの記念碑です。

手を清めるために水が置かれています。水は手だけでなく心も清めるものとして

古来より神社・仏閣になくてはならないものとして存在してきました。

由仁神社は100年を超え、これからもこの杜のある地域を鎮守していくでしょう。

年輪

2010 年 9 月 2 日 木曜日

年輪

 

 

神社の杜にある伐採された切株です。

年輪が見えます。

放射線状の楕円形の年輪は

 東の方がその幅が広く、一方西の方は狭いのがわかります。

年輪の数で何歳なのかを推定できます。

 

直径約50cm。推定樹齢47から48歳

ちょうどこの世に私が生まれたころと同じ、この世に樹木として生まれ

春夏秋冬、雨風、稲妻雷、豪雪に耐えこの年まで生きてきたのでしょう。

 

大木となることを夢見て、春には枝に芽を息吹かせ、夏には緑の葉を太陽いっぱいに開き、

木洩れ陽をつくり、秋には枯れ葉や実を散らせ地に栄養を与え、

冬には栗鼠の隠れ家として活躍してきたのでしょう。

道の邪魔になるという理由で切られ、その50年に及ぶ年月が唯一の誇りであり

輝きであったのでしょう。

今はただ朽ちてゆく、屍のごとき切株としてのみここに存在しています。

 

『私のこの切株の身体を食い続けているシロウスバアリも私には良き理解者であり

動けない私をせめてあの世に運んで行ってくれる小さき案内人。

すべてを赦し、すべてを担い、すべてを受容れる私の切株はあと数年数十年この場所に在る。

東方より登る地球の目覚めを逸早く感知し、西方に沈む深紅の帳を浴びて私はこの地にあり続ける。

終焉の日が来るまで。』

夜の蝶

2010 年 8 月 30 日 月曜日

夜の蝶

 

 

 

朝の舗道に昨夜の街灯に集まった夜の蝶=蛾が散在している。

死に絶えたもの、微動だにしないもの、羽を僅かに震わせているもの。

蛾は本来夜行性であり

朝日が昇った今時分は活動を停止している。

ビロードの鱗粉を撒き散らし、夜のネオンを舞うその美しき妖艶さは

日の出とともに消え失せ、辛く厳しい現実のみがそこに有る。

朝日はすべてを浄化し、さらに暑く熱した真昼の太陽がすべてを昇華させる。

毅然とした態度と覚悟のみが生存できる鍵なのだ。

私はそういう志と信念を持ち続けたい。